#ぴろーとーく。「絆創膏ハート」と「つぎはぎハート」。
June 28, 2026
あづまのシグネチャーモチーフについて。
2025年頃から、あづまの作品によく登場するモチーフ、「絆創膏ハート」と「つぎはぎハート」についてのお話。
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「この人と言えばこれ。」
そういうシグネチャーモチーフって結構大事。
作品はよく知らないけど、「ああ、あれの人。」と思ってもらえるから。
それって「作家性」の確立だと思う。
あづまは「 痛い恋愛を描く人」というイメージで固定されちゃうのが嫌すぎて、2024年頃(『パコちゃん』連載終了)から、意図的に作風を変えようとしてきました。
今もまだその途中ではあるけれど、少しずつやりたことの核みたいなものは、見えてきた気がします。
その一環で始めたことが、「感情をモチーフで表すこと」です。
少女漫画ではよくある手法(だと思ってるんだけど、少女漫画は不得意分野なので、まだまだよくわからない)で、花とか光のモチーフがあるけど、あれは「花」や「光」ではなく、「エモーション」だと思っています。
そういう抽象的な表現の世界なので、「少女漫画ってちょっと難しいな・・・。」と思っているあづまですが、「空気」をその まま描く、記録映像じゃなくてイマジネーションで物語を語る。
そういう方向の表現には前から興味がありました。
でも、少女漫画的なおしゃれで繊細なセンスは全くない人間なので、「どうしたもんかいね。」と長年思っていました。かと言って、ガチガチの青年漫画的なのもちょっと違う。行きたい方向はあるけど、それをどう表せばいいかわからない。ずっとそういう迷子でした。
でも、感情を表現するのは好きです。
人物の表情で感情を表すのは大好きだし、割と得意な方です。でも、それだとちょっと「入り込みすぎちゃう」というか、実感が出すぎてなんかしんどい。
人物に入り込んで描くのが好きな時もあったけど、今はもう少し距離を取って描きたい。
そういうことをずっと考え続けてきましたが、『パコちゃん』ではとにかく作品を成立させることに必死で、表現の追求にまで手が回っていませんでした。でも、このままではいけないとは思っていたので、『この恋は変ですか?』で明確に「今までと違う描き方をしよう」と作風チェンジに挑戦してみることにしました。
もともと漫画を描き始めた頃から、頭身の低い絵とか、デフォルメの表現に興味がありました。でも、それって自分にとって心地よいバランスを見つけるまでが大変だし、物の形を把握していないとなかなか難しいので、ずっと人物の描き方には納得がいってませんでした。
「頭の中に理想像があるけど追いつけない」というわけでもなくて、何をお手本にしていいのかもわからず、ただ漠然と描いているだけだったので、苦しい日々でした。
今はちょっとだけ見えてきたので、そういう意味では前より楽になってます。(その話はまた今度)
で、なぜ「ハートのモチーフを使うようになったか」という話に戻ると(また前置き長い)、表情でも言葉でも感情を語りすぎない。けど、どうすれば自分にとって自然なやり方で、感情を抽象化して表現できるのか。
そういうことを考えた時に、「そういえば一番ポップで一番身近なものを、毎日使ってるやん。」ということに気づきました。
絵文字。
「今の子って絵文字あんまり使わない。」みたいなのが数年前に取り沙汰されて、「おじさん・おばさん構文」みたいないじられ方してたけど(最新情報はちょっとわからない。絵文字が未だに「ださい」ものかどうかは知らない)、あづまはそれなりに絵文字を使います。
平成一桁生まれのおばさんなんで。
で、よく使うお気に入りの絵文字があって、それが「❤️🩹」これ。包帯の巻かれたハートの絵文字なのです。
ノーマルなハートはちょっと直球すぎる。そこまで正直にはなれないし、なんとなく照れ臭さとか内向的な感じもほしい。
そういう理由で「❤️🩹」この包帯ハート絵文字をテキストメッセージではよく使っていたのですが、これを漫画でも使ってみたいな。と思ったのです。
瞳の中に。顔とか身体の肌にステッカーとかタトゥー的に。服や鞄にワッペンやチャームみたいに。そうやって内面を表現できないか。
と、いうことを考えました。
でも、現行絵文字そのままのデザインは、著作権とかがあるので使えない。だから、「絆創膏ハート」と「つぎはぎハート」で表してます。
それまでのあづまは、作品の登場人物について、「キャラづけ」とか「記号的」な造形に疑問を感じてた人間でした。それが「絵文字」みたいな記号的な表現を使うようになったのは、自分でもおもしろいな。と思います。
今までとは対象的に「生(ナマ)っぽさ」を削ぎ落とした表現に魅力を感じているのです。
その方が、もっと世界が広がる気がしています。「誰かの」物語じゃなくて「みんなの」物語になれそうな気がするから。
自主出版なんて、限定的な広がり方になりがちな作品の発表方法を選んでいるけど、「わかる人にだけわかればいい」とはやっぱり思わないです。
あづまはそういう作家だと、なぜか思われがちだけど、そんなことはなくて、いつも普遍的なものを描きたい・表現したいと思っています。
「語りたいことはたくさんあるけど、それがどうすれば色んな人に伝わるんだろう。」そういうことを考えながら、これからも色々実験していきたいです。
(2026/06/28)