第5回「個人サイト楽しいよ。みんなやればいいと思う。」
January 15, 2026
pixivFANBOXで連載していたメディア運営に関するエッセイです。
日本の漫画って「変な世界だな」と思う。
「娯楽」として気軽に消費できるもので、流通の仕組みも完全にそうなってるんだけど、描き手には「アーティスト」「哲学者」であることを求められ続けている。
ていうか、ここが一番奇妙なところだと思うんだけど、「描き手に’’アーティスト’’であってほしい」というのは、消費者よりもむしろ、編集者の方にその願望というか、幻想を抱いている人が多いように思う。
私の実感だけど。
それなのに、製作の動線、スケジュールは「娯楽産業」として流通させるためのルートになっている。
でも、作品のアイデアや「おもしろさ」は、作家の「才能」頼みなところがある。
なぜこのようなことが起こるのだろう。
作家を神格化しすぎでは?
「創作のためには心身を削って挑み続けることが正義であり、それが作家の本来あるべき姿である。」
どこかでそう信じているフシがありながら、作品を「アート」として世に出そうとしない。そのノウハウもない。「アート」的な文脈で作品を読み解く方法も、そういう市場や読者を育てようともしない。
それはなぜなのか。
そういうことを、出版社の編集者とやり取りするようになってから、ずっと考えていた。
でも、その「ねじれ」こそが、日本の漫画の良さでもあると思っている。
「アート」的なもの、「哲学」的なもの、「文学」的とされるものを、読者はあくまでも「エンターテイメント」として普通に読んでいる。
これは、かなり高度なリテラシーが育っていると思う。しかも、誰にも教わらず、自然に。
漫画の読み方は、学校では習わない。だって、あくまでも、漫画は「娯楽」だから。
で、今回お話ししたいことは、「そこになんとなく違和感があったから個人サイト作ったんだよね。」ということ。
自作をどのように世に「置く」か。
それを全部自分でコントロールできる場所がほしかった。
その辺は、「プロ」にお任せして、描くことに集中した方が正解。と思う人もいるんだろうけど、あづまの場合は「お任せしきれないな・・・。」と思うことが多かった。
だって、自分の作品の見せ方は、自分が一番よくわかってるから。
「今は、商業誌で描かなくても、作品を発表する方法はたくさんある。」
そう言われているけど、体感として、実際はそんなに多くの選択肢はないと思っている。
SNSを使うにしても、それぞれのプラットフォーム独自の「文化」がある。
だから結局、自由なようでいて、あんまり自由ではないと思っている。
別に人と違うことをしたいとかじゃないんだけど、少なくとも「あづまの」作品は、そういう場所たちとは合ってなかった。
作品が評価されるかどうかって、実はクオリティの話ではなくて、「その作品に合った読者に見つけてもらえるか」どうかだと思っている。思っているというか、ここまでやってきて、そういう考えにいたった。
自分に合う場所が、既存のプラットフォームにあれば、ずっとそこにいたかもしれない。
でも、合わない場所で、見つけてもらうための工夫をし続けることからは、もうそろそろ降りたいと思っている。
私と同じようなことで悩んできた人、悩んでる人、自分で場所作っちゃえば楽しいよ。個人サイト超おすすめ。今は主流じゃないかもしれないけど。
「作品に誠実でいたい。」という、作家として当然の意識、それこそ作家を「アーティスト」として祭り上げたい人たちが望むものを、きちんと満たしてくれる場所だと思う。
みんな、今は「ネットさえあればなんでもできる」時代らしいよ。
作家ありきで「漫画産業」は成り立ってることを忘れずに。
楽しく描こう。漫画。
漫画に限らずだけど、みんなはっぴーでいてほしい。
といったところで、今回はこの辺で。
次回はコミティアのレポートを書く予定です。
では、また来月良き時に。