#ぴろーとーく。『がぁーるずぱわぁ〜。』
January 27, 2026
作家として「フェミニズム」について考えていること。
関西コミティア75に出展すると決めたのが、オンラインでの申込締切の当日だった。
当初は、別の16ページの読切と、2025年の夏に描いた『ぐいちっ!!』を収録した作品集で出展する予定だった。
が、16ページの読切が、明らかに間に合わない(というか、間に合わせることはできたけど、そういうやっつけ仕事では出したくない作品)ので、急遽予定を変更して、過去作2作と8ページの描き下ろし収録の作品集で出展することに決めた。
それが、この『がぁーるずぱわぁ〜。』だ。
作品集のテーマを「ガールズパワー」としたのは、「ちょっとここらで、我妻ひかりとして一区切りつけたいな。」と思ったから。
私はずっと、女性作家として「現代の女性代表」のような作品を期待されること、逆に「女性の闇」を興味本位で消費したがる人、または「私生活を切り売りする系」の女性作家の系譜に置かれること。
そのどれもに居心地の悪さを感じて、そのどれもを拒否し続けてきた。
だけど、自分ではっきり「私はこの位置にいます」ということを表明はできずにいた。
それが、作家として苦しかったのだ。
でも、今回「ガールズパワー」をテーマにしたのは、
「当事者なのに「当事者」としての実感がない。」
「当事者として何かを語ることを期待され続ける苦しさ」
「ロールモデルとして生きられない女性でも、フェミニズムを語る権利があること」
その3つのことを、やっと自信を持って、「作家として」言ってもいいと思えるようになったからだと思う。
だから、本作は「ガールズパワー」という言葉から想像されるような内容ではないかもしれない。
でも、その違和感こそ、私が生きてきてずっと感じてきた「リアル」なのだ。
フェミニズムやジェンダーの話において、「女性」として何かを発言する時は、被害者としての視点、もしくは革命家としての主張が求められる。
そんな単純な話じゃない。
そういう短絡的な視点でしか語られてこなかったということ。それこそが、「暴力的」な視線だと、私は思っている。
表紙イラストを、「美容整形」をモチーフに描いたのは、現代の女性の強さの象徴が、「美容整 形」にあると思ったから。
肉体も内面も「完璧」に、「改造」することが「努力」によって可能なんだ。
ということが、一般的になってしまった世界。
「弱いままでいることは、選択の結果である」という、自己責任論の中で、私はどう生きればいいのか。
私にとっては、それが良いことなのか悪いことなのかは、判断できない。
ただ、私の実感としては、選択肢が増えれば増えるほど、生きづらくなったと思う。
「何にでもなれる」
けど、「何にもならない」人の居場所はあるんだろうか。
私は、生まれてから今までずっと、自分が「何者か」を明言できないでいる。
どこにも所属してる感覚がない。
それは苦しい。
でも、ずっとアウトサイダーでいたいとも思う。
裏表紙に、低容量ピルのシートを描いた。
ホルモンと排卵を管理すること。
それだけは、明確に「力」を持った、女性の選択と言える。
何もかも曖昧な立場を取っている私だけど、それだけは確かなのだ。