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第3回「R-18ってなんなんだ。」

2025年10月15日

ところで、みなさんはどの作品であづまを知ってくれたのでしょうか?

『あおとゾンビ』から読んでくれてる人がいたら嬉しいなあ。と思うのですが、もちろんどの作品でも「見つけてくれてありがとう」の気持ちです。

ところで、みなさんはどの作品であづまを知ってくれたのでしょうか?


『あおとゾンビ』から読んでくれてる人がいたら嬉しいなあ。と思うのですが、もちろんどの作品でも「見つけてくれてありがとう」の気持ちです。

あづまは、デビュー作からずっと、「性」を題材に描いてきましたが、最近はそれが描きたいことの全てではなくなってきました。そろそろ、全然違うものを描いてみようかなあ・・・。という気持ちもあるのですが、今のところは、もうちょっと続けるつもりです。

だって、まだまだ私の伝えたいことが正しく伝わってる実感がないから。そのために、これからも扱うべき題材だと思っています。

とは言っても、私は最初から「性」を題材にしたかったわけではありません。もともとそういう作品は好きだったけど、自分が描くとはあんまり思ってなくて、でも描いてみたらしっくりきた。

そんな感じでした。


だから、『パコちゃん』の連載中に、性表現に対する興味がほとんどなくなってしまって(直接的な描写をすることに対する興味)、自分でも物語の進め方に苦労しました。

担当編集者は、もっと困ってたみたいです。

『あおとゾンビ』を読んで、私がエロを描くと思って依頼されたようなので。

実際、繰り返し『あおとゾンビ』の話をされました。

デビュー作だし、思い入れのある作品でもあるので、気に入っていただけるのはありがたいのですが、作家としては初期の作品なので、描きたいことは当然変わっていくし、「もっと今の私を見て、作品の方向性とか提案してもらえたらなあ・・・」と思っていました。


で、今回のテーマについてですが、あづまの作品は「性描写のある作品」として、どう扱われるべきなのでしょうか?自分でも、長年そのことで悩んでいます。

『パコちゃん』の担当編集者に、「性描写のある作品は別名義で描くという選択肢もあるし、実際そういう作家はたくさんいる」というようなことを言われたのですが、そういう提案をされること自体、私にとってはあまりピンときてません。

私は「過激・あるいは直接的な性描写をしたいけど、一般誌だから控えている」というわけではありません。

「物語として必要なら、中途半端に隠さず表現したい。でも、エロがやりたいことの中心ではない」というのが、今の気持ちに一番近いかなと思っています。

これは、作品を描いていくうちに変化してきた創作姿勢なのかもしれません。

でも、割と初期の頃から、いわゆる「ぬける」ものを要求されることには、不快感がありました。

これは、青年誌でずっとやり取りしてきたので、男性目線の性表現が嫌だっただけかもしれませんが。


そういうわけなので、自分ではあまり「エロ」を描いてるという意識がありません。

なので、媒体によっては自分の作品が規制の対象になることが、あまり納得できていません。

実際、『あおとゾンビ』は、編集部判断で、性表現を修正された形で掲載されています。初出がアプリだったので、「性表現によるアプリ自体の配信停止を避けるため」という説明だったので、修正を承諾したのですが、作品によっては無修正で掲載されているものもあり、基準がよくわかりませんでした。

当時の担当経由で、修正の基準について編集部に問い合わせたのですが、明確な回答は得られませんでした。

(そして、修正した状態の掲載であることや、修正理由などは、掲載時に明示されず、読者への説明もありませんでした。)


そういう制約から逃れたい。というのが、自分のサイトを作った理由のひとつでもあるのですが、出版物の性表現に関する日本の法律もあるし、なかなか難しいものです・・・。

本当にみんなが納得できる基準を作ることは、ほぼ不可能なのではないかと、個人的には思っています。

あづまは「隠すべきではない」という考えで描いていますが、人によっては不快感を抱く人がいるのも事実です。実際『パコちゃん』では、作中のキャラクターや私に対する、批判のコメントもありました。

「表現の自由」とよく言われますが、何が正解なのかは私もよくわからないです。

どうすれば、「自由」で居心地よい創作環境を作ることができるのか。いつまで経っても答えは出ません。

自分でメディアを運営してみて、出版社の苦労もわかります。


でも、私の経験から言うと

「性的なものや精神的に不安定な人を扱った作品は、規制を受けて当然であると思う人が多い。」

「女性作家がそういった題材を扱った場合、攻撃や批判の対象になりやすい。」「こういう題材の作品は、作中人物と作家個人の人格を結び付けて語ってよい。」

という意識が、作り手・受け手のどちらにも、まだまだ残っているのが現状だと思います。

そして、それは無意識のうちに行われている場合がある。ということです。

私も自分が作家として活動してみるまで、こういうことをはっきり意識したことはありませんでした。

もしかしたら、「そういうものだ」と思って、ずっと気づかないままだったかもしれません。


そして、『この恋は変ですか?』に対する、一部の現地読者の感想を受けて、こういう問題は日本に限った話ではないのだな・・・と。


といったところで、今回はここまでにします。

次回は、SNS運用について書こうかと思っています。


それでは、また次回よき時に。

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© 我妻ひかり
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