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#ぴろーとーく。作品集『いぬ。』

2026年6月15日

「漫画に描いたことは、封印できるというお呪い。」
物語を創ることと、それを語ることについて。

「漫画に描いたことは、封印できるというお呪い。」


物語を創ることと、それを語ることって、ちょっと呪術的だと思っている。

自分にしかない体験を、世界共通の言語に翻訳して、広く伝えること。そしてそれが「みんなにとっての体験」になる。そういうところから、物語って生まれたんじゃないかしら?そんなことを勝手に考えている。

いきなり気持ちの悪いことを書いたけど、私の作品を読んだって、別に呪われたりしないから安心してね。

でも、「物語」って本当にそれぐらいパワーのあるものだと思っている。

それに救われてきたこともあるし、逆に苦しめられてもきたから、なかなか恐ろしい。私がそれだけの力のあるものを創れているかはわからないけど。

私はいつも自作について、「私と同一視しないで。そこは分けて考えて」ということを言っている。

けれど、この作品集に収録の2作に関しては、はっきり「自分の体験を語る」ために描きたかった。もう少し詳しく言うと、「私の視点だけで構成した物語」にしたかった。

私は、ほとんどの作品を実体験をもとに描いている。

だけど、それって「私はこういう体験をしました。私はこう思いました。」ということを、そのまま伝えたいから描いてるわけじゃない。むしろ、自分の体験について「疑い」を持った時にこそ、作品の種が生まれたりする。

「私はこう思ったけど、それって他の人から見たらどう見えるんだろう?」

そういうことが気になった時に、色んな視点から同じできごとを掘り下げる。そうすると、新たな問いが見えてくる。そこから物語ができてくる。

だから、自己演出的なものじゃなくて、自己理解と自己解体のために作品を描いてるんだと思う。

もちろん、検証したからって、それが「正しい形」として作品になってるかどうかはわからない。だって、色んな角度から掘ったところで、その角度は全部「私」が決めてるから。

でも、この作品集に関しては、あえてその「検証」をしなかった。

だから、私の「印象」でしか物語を創ってない。

そうしたかったのは、最初に書いたとおり「封印」したかったから。

検証しちゃったら、記憶の中で捉えどころなく漂っている「よくわからないものたち」が、しっかりした形を持ってしまうから。

「曖昧なものを曖昧なまま置いておく。」

私にとって、1番苦手なことをやりたかった。

成功したかどうかはわからない。でも、そうしたかった。どうしても。

収録作の『ぐいちっ!!』というタイトルは、関西の方言で「食い違い」のような意味の言葉から。

すれ違いのコミュニケーションについて、私はいつも答えを探したくなる。作中でAIに相談する場面があるけれど、それも「曖昧さ」の答えをもらえるような気がするから。

ぐるぐる思考の対処法として、「できごとと感情をわけて考える」というのがある。

「その時何が起こっていたのか」は、絶対に答えが見つからない問いだけど、「その時私は何を感じたか」ということには答えられる。だから、自分がその感情を持ったことを、自分で認めてあげれば楽になる。そういうことだと解釈している。

私は長い間、それを認めてはいけないような気がしていた。だって、「素直になる」って、結構恥ずかしいじゃないか。まあ、そんな単純な話でもないんだけどさ。

だけど、これはもうこれでいい。

ここに描いたできごとはもう、私が物語に封印して、人たちに伝えちゃったから。

だからこれは、「あったこと」なんです。

なんてことを、こんなオープンな場所で言ってしまっていいんだろうか。あえて、この作品集には「あとがき」つけなかったのに…。

「漫画が描ける」って、ちょっとお得なんです。だって、お呪いが使えるから。

だから、みんな漫画描いたらいいのにな。

そんなことを考えました。

(2026/06/15)


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作品情報

作品集『いぬ。』(2026年4月発行)




【収録作品】

『ぐいちっ!!』(2025年)16ページ

『別離。』(2026年)16ページ

実体験の記憶と、当時のメモや日記をもとに

「記憶の曖昧さ、抽象化、夢、分かり合えなさ」

を表現した2作品を収録。


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© 我妻ひかり
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