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今月摂取したカルチャー(2026年9月)

2026年10月1日

『グルスポングの奇跡』と『ゴーン・ガール』

この2本の映画を並べて語るのは、奇妙に思われるだろうか・・・。

でも、私にとっては共通するテーマがこの2本から感じられた。そして、それは私がいつも考えていること。


家族・生まれ・育ち・血・人格・「女性として」どう生きるか・誰と生きたいか・機会が平等に与えられたとして、みな同じように育つのか・社会的に「好まれる」女性とは何なのか・「豊かな」人生とは何を意味するのか・賢さとは・自立または自律とは・私は「どのようにして」今の私になったのか・・・。


とにかく、そういう日々私の頭を悩ませている色々なことを、改めてこの2本の作品から考えさせられた。


『ゴーン・ガール』は繰り返し何度も鑑賞している、私のお気に入り作品だ。

日本の映画レビューサイトとかを見ていると、「エイミーはサイコパスだ」という感想・解釈が多いように思われるが、(これも繰り返し何度も色んなところで書いているけど)私はそうは思わない。

改めて『ゴーン・ガール』を観たのは、先月から連載を始めた私の作品『言葉を持たないあなたたちへ。』を描くにあたっての復習のためだった。

かなり雑な言い方をすると、「元ネタ」と言ってもいい。

私はずっと「エイミー視点」でしか、物語を観られなかった。だけど、今回はなぜか、完全に「ニック視点」で観てしまった。(「観てしまった」という言い方も変だけど)

成長したというか、視野が広がったんだろうか・・・。

それでもやっぱり、私は「エイミー側」の人間だと思う。こんなことを書くと、きっと嫌われるだろう。

作中のエイミーは「愛されるべき美しい人」として、社会に認知されているけど、「裕福な家庭で、高等教育を受けて育った、理想主義の傲慢な女」という見方もできる。そして、映画を観た人がそう思うのも仕方ない物語の構成にもなっていると思う。

「賢くて、才能があって、"良い家庭"で育てられた"グッドガール"の苦しみ?そんなもん知るかよ」って思う人がたくさんいることもわかる。

劇中でも、そういうシーンあるしね。


で、『グルスポングの奇跡』について。

これは、9月の頭らへんに日本で劇場公開された、北欧のドキュメンタリー。だけど、私はこの作品から『ゴーン・ガール』と同じようなことを受け取った。

『ゴーン・ガール』はフィクションだけど、これは"ドキュメンタリー"。

だからといって、「真実がどこにあるのか」はわからないけど。

この作品も、私にとっては、血縁・家庭環境・社会的に「好まれる」女性とは・そして、人生において「幸せ」とは何なのか。ということを問いかける作品だった。

私は田舎の出なので、田舎出身の姉妹とその家族の気持ちもわかる一方で、オーウラグさんのこともかなり理解できる。

私は「運が良い」ことに、両親に十分な教育を受けさせてもらったし、かなり文化的でアカデミックな環境で育ったと思う。一方で、それゆえの厳しさや息苦しさ、そういう環境や、家族、地元(田舎)への反発の気持ち。どちらも持ち合わせている。板挟みになって悩んだこともあるけれど、今は「これが私なんだ。」と受け入れられつつあるので、10〜20代の頃よりは、ずっと生きやすくなった。

だけど、「恵まれた環境」に出自を持つ者が語る物語が、時に「嫌われる」ことも承知している。実際、作品を創る中で、何度もその問題にぶち当たってきた。

正直に自分の抱える息苦しさを作品にしようとした時、

「主人公の好感度が低い。考えが甘い。こんな恵まれた環境で何が不満なのか。」

というようなことを、はっきり言われたことがある。

じゃあ、どうすればいいんだろう。「私が」物語を語る意味はどこにあるのか。

嘘は描けない。どうしても。

知らない世界を、「読者のため」に描くことは「仕事」として娯楽作品を創る人間には必要なことなんだろうけど、私にはどうしてもそれができなかった。


「当事者性」を持てないこと。

それが、私にとっての一番の問題意識で、何についての「当事者性」なのか。ということは、色んなところを横断している。

私には、「ここが私の場所」と言える場所があるのだろうか・・・。

自分が「特別」だなんて、思ったことはなかったけど、物語を、漫画を描くようになって、見えてきたたくさんのものが、私を縛りつけるようになった。

自由になりたくて、ものかきになったのに・・・。


どちらの映画も、私にとっては、改めて色々なことを考える材料になった。今描こうとしている私の作品。全てのことを扱いきれるかはわからないけれど、「誰が語る物語なのか」ということが、この作品では重要な気がする。

今までの私の作品よりも、そこに幅を持たせられたら。


「好まれにくい」語り手として。



2026/10/01

我妻ひかり AZUMA Hikari

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