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【番外編】「寄稿した文章は誰のものなのか。」

2026年10月24日

文章を誰かに預けることと、著者の権利、預かった人の責任、読者の自由について。

先頃『どうしてフェミニストやってるんですか?』というZINEに寄稿しました。

このZINEへの寄稿は、自ら応募し、原稿料もなく、発行者が応募者の中から掲載の可否を決定するというものでした。募集は、発行元のInstagramの投稿で告知されており、私もそこで知りました。

私は、寄稿者募集時の、ZINEの発行の意義や、発行元の活動理念に共感し、寄稿することを決めました。

私の文章は採用され、ZINEに掲載され、募集時の告知どおりの日程で発行され、告知に明示されていたイベントと、発行元の書店による販売が行われました。

ZINE発行後の寄稿者への対応は、「ZINEが完成したことの連絡、見本誌の寄稿者への送付、寄稿者自身がイベントなどでこのZINEを販売したい場合の条件についての提示」がありました。

でも、その後のこのZINEに関する活動や、取り扱われ方については、特に発行元からアナウンスはありませんでした。


私はこのZINEのテーマに則して、商業誌で活動していた時に、編集者との打ち合わせで感じたことや、私の個人的な業界全体の印象について(個人や編集部を特定できない範囲で)、少し踏み込んだことまで書きました。

そして、その時の経験から、今の問題意識や活動に至った。ということを、私の文章を初めて読む人にも、私の作品を知らない人にも、できるだけわかりやすく伝わるよう、心がけて書きました。

そして、発行元から事前告知があったイベントには、偶然にも私も出店予定だったので、当日は発行元の方に直接ご挨拶させていただきました。

その後、私は出店中のシェア書店で、いただいたZINEの見本誌を展示し、「入荷ご希望の方は、お気軽にお問い合わせください。」とアナウンスしていました。

もし、入荷希望の方がおられた場合は、発行元から提示のあった条件に則して、シェア書店で販売する予定をしていました。

その後、発行元との関わりは特になく、私はInstagramの使用もやめていたため、発行元の活動については何も知りませんでした。


そして、先日Instagramを再開した時に、私の寄稿したZINEの読書会を、発行元が企画していることを、発行元のアカウントの投稿で知りました。

私は投稿を見た時、「もし体調が良ければ参加したいな。」と思いました。私は、自分の書いたものや考えについて、読者の人と意見交換することが好きですし、色んな人の考えを聞いて議論をすることも好きです。

だから、貴重な機会だし、参加してみたい。と、最初は思いました。


が、そこでふと、疑問が湧きました。

「読書会の開催について、なぜ寄稿者に直接事前告知がなかったんだろう。

それは、一般的なことなんだろうか…。」


最初に書いたように、私は自ら応募し、無償で寄稿し、ペンネームも明かして、内容についても自分で自由に書いたもので、添削や編集は受けていません。

発行元の作業としては、恐らく集まった文章の校正と、ZINEの構成についての編集が主なものだったと思います。

そして、寄稿した文章や、そのZINEの取り扱いについては、発行元に判断の権限があることも承知しています。


その上で、「発行者は、寄稿者の文章を取り扱うことについての配慮や、このZINEに置ける、寄稿者や寄稿された文章の位置付けについて、どのように考えているんだろう。」

という疑問が湧きました。


いちおう、一般的な話をしておくと、発行元が自分ではなくても、文章の著作権は私にあります。

だから、自分の文章がどこでどのように扱われ、どのような活動に利用される可能性があるのか、著者として知りたいと思うのは、自然な感情だというのが私の考えです。

発行元の活動について、いちいち私に許可取りしてほしいわけではないし、どこまで告知する義務があるのか、その範囲と判断は、発行元が決めることだとは思います。

それらのことを踏まえた上で、私は今回なぜ事前告知がなかったのか、発行元の考えを知りたいと思いました。


というのも、ZINEの内容は、寄稿者の個人的な経験や問題意識について語るものであり、私のように「作家」として活動している人ばかりではなく、他人の媒体に文章を寄稿することに慣れていない人や、自分の文章が公の場で発表されること自体が初めての人もいるかもしれないと思ったからです。

私も、表に出しているからといって、個人的な内容について語ることが、全て「平気」なわけではありません。

今回の寄稿文に限らず、どの作品も文章も、表に出す時には、それなりの覚悟と責任と勇気がいります。

もちろん、寄稿者の中には全く気にしない人もいるだろうし、読書会の開催が楽しみな人もいるでしょう。私もイベント自体を否定するつもりはありませんが、事前告知の有無で、受け止め方が違ったとは思います。

みんなが私と同じ気持ちだと決めつけるつもりはありません。でも、もしかしたら私と同じ気持ちの人もいるかもしれない。

発行元は、その辺の可能性や配慮について、どのように考えているのだろう。

気になったので、私は発行元に問い合わせてみました。


で、回答を要約すると「ZINEはひとつの作品である。読者が自由に感想を語り合うことも、ZINEを届ける活動のひとつであると考える。読書会は書籍の通常の楽しみの範囲であり、寄稿者への事前告知を要するとのとは考えていない。」ということでした。


この回答から、「事前告知は不要」という発行元の運営方針は理解できましたが、私が知りたかった「発行元として、個人的な経験や問題意識を募って制作したZINEについて、寄稿者の位置付けや配慮について、どのように考えているのか。」という質問への回答は得られませんでした。


ここからは、私の個人的な感情ですが、商業誌で活動していた時にも感じた

「自分の作品や言葉が、誰かの活動を成り立たせるための"素材"扱いされている。」

という感覚でした。


発行元が、『どうしてフェミニストやってるんですか?』というテーマで寄稿者を募り、ZINEを発行したこと自体には意義があると思います。

普段届きにくいかもしれない人たちの声を、書籍として発行することで、色々な人たちへ、その声が届くかもしれない。そのことは理解できますし、私も同じ気持ちで作品を描いたり、文章を書いたりしています。

あえて、「人から見えるところ」に言葉を残していることには、意味があります。


でも、それは「自分の言葉」に限った話です。

他人の言葉、しかも「個人的な経験や問題意識を含む言葉」を扱うこと、そして、それを公に出して誰かに届けることには、大きな責任が伴うと、私は考えています。


寄稿して、ZINEとして発行されることに同意したこと

その文章を読んだ人が自由な感想を持ち、語り合うこと

寄稿者がそのZINEや文章の扱われ方について、「知りたい」と主張したり、そのことにどのような感情を持つか(必ずしもネガティブな感情だけだとは思いません。もちろんポジティブな感情もあり得ます。)についての配慮

は、それぞれ別の問題として考えるべきことで、私はそこは発行元の判断で、両立できるものだと考えています。


「本になったから、本を作ったのは私たちだから、この本に関する活動は、作った私たちと読者たちのもの」


発行者がそのように考えていたかはわかりませんが、少なくとも今回の回答からは、私はそう言われているように感じました。


誰かに自分の言葉が届くことは嬉しい。届けたい。

でも、それはあくまでも「自分の言葉」として届いてほしい。という気持ちです。

私は誰かの企画や、活動を成り立たせるために、言葉を紡いでるわけじゃない。


発行元への批判と受け取られても仕方ないようなことを書いていますが、でも、発行元と考え方が違うことと、実際私が不快に感じた事実は、分けて考えられるべきです。


まあ、超簡単にまとめると、「やっぱり私は、自分の作品や言葉を誰かに預けるという形での発表の仕方は向いてねぇな。」ということでした。

金にはなんねぇし、認知もなかなか広がらないだろうけど、今のところは、「全部自分で責任を持つ」というやり方しか、自分の作品と心を守る方法はねえのかな。


そういうことを、ここ数日改めて考えました。

いちいちそういうことを考えてしまう自分が、まじで自分でもだるいです。


2026/10/24

我妻ひかり AZUMA Hikari

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